大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所下関支部 昭和36年(む)271号 判決 1961年12月19日

被告人 穴迫隆之 外三名

決  定

(被告人氏名略)

右の者等に対する公務執行妨害、傷害被告事件について、山口地方裁判所下関支部裁判官が昭和三六年一二月九日になした勾留取消の裁判に対し、同日山口地方検察庁下関支部検察官より右裁判の取消を求める旨準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨並びにその理由は別紙申立書記載のとおりであるからここに引用する。

二、よつて検察官が主張するように、被告人等にはなお勾留を必要とする事由があるか否かについて検討すると、先ず罪証を隠滅するおそれの有無の点については、本件のような多数人による事犯においては、検察官主張の諸点について、なお捜査を遂げることは望ましいと思料されるがしかし、検察官提出の一件資料によれば、直接の被害者と目される警察官平中敏明はすでに被害状況の詳細を説明し、右供述の真実性を担保すべき現場目撃者の取調べも終了しており、且つ本件発生の前後の状況も被害者の同僚により確認されていること等の諸事情と、被害者が現職の警察官であることを併せて考慮すれば、被告人等がこれ等本件関係者と通謀して証拠の隠滅をはかることは甚だ困難であると言うべきである。尤も被告人等が現在本件について黙秘を続けていることは一件資料に徴して明かであるが、憲法及び現行刑事訴訟法が刑事訴追を受けるべき者に対し黙秘権を保障している点より見て被告人等が黙秘を続けていることをとらえてたゞちに証拠隠滅のおそれがあると断ずることは到底できないのみならず、前に述べたとおり被告人等が本件関係者と通謀して証拠の隠滅をはかることが甚だ困難な事情を併せて見ると被告人等の黙秘の事実があるからと言つて証拠の隠滅のおそれがあるとは言い得ないし、更に本件被告人等に対する起訴が被疑者勾留期間満了まで五日間も余裕を残してなされた事実をも考慮にいれると、本件について、現段階においては、一応被告人等が罪証を隠滅するおそれはないと解するのが相当である。

又被告人等はいずれも一定の住居を有している者で、各人の生活状況逮捕に至るまでの経緯より見て、逃亡すると疑うに足りる相当な理由ありとも認められない。

三、以上検討したとおりであつて、要するに被告人等に対し、尚勾留を継続すべき必要はないものと認められるから、これと同趣旨に出た原決定は相当であり、他に記録を調査しても原決定には何ら違法の点は認められないから、本件準抗告はその理由がないと言わねばならない。

よつて刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項に従いこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 三井田重治 伊藤和男 渡辺公雄)

勾留取消の裁判に対する準抗告申立ならびに同裁判の執行停止申立書

被告人 穴迫隆之

秋田一男

阿部幸作

杉野保夫

右は山口地方裁判所下関支部に係属中の公務執行妨害、傷害被告事件について勾留されているものであるが、本日同支部裁判官のなした右勾留の取消決定の裁判に対し次の理由により準抗告を申立て併せて右裁判の執行の停止を求める。

昭和三十六年十二月九日

山口地方検察庁下関支部

検察官検事 遠藤安夫

山口地方裁判所下関支部殿

趣  旨

一、被告人等には刑事訴訟法第六十条各号に該当する勾留理由があり尚勾留を継続しなければならない必要があるので該勾留の取消裁判をなしたのは刑事訴訟法の精神に反する違法な措置であるから該取消裁判の取消を求める。

二、右勾留取消裁判により被告人等を釈放するときは準抗告が認容されても罪証湮滅の結果が発生するので本件準抗告の裁判確定にいたる迄勾留取消の裁判の執行停止を求める。

理由

本件勾留事実の要旨は「被行人等四名は昭和三十六年十一月二十八日下関市西細江町所在下関市民館において志賀義雄等の記念演説会が開催された際司法巡査平中敏明が不法事案の状況を写真撮影し証拠を保全する目的をもつて日本愛国青年同志会員数名が同館内に押入ろうとしこれを阻止する三十名位ともみ合となつている状況を写真に撮影し、更に前同様写真撮影しようとしているのを発見するや外二十名位と共謀の上これを妨害しようと企て、同巡査を取囲み手拳で突飛ばし腕を引張つたりして同館内に引摺込み度々同巡査に対し『警察が何しに来たか。写真を撮つたのだろう。フイルムを出せ。叩き殺してやれ』等と怒号し乍ら同巡査に殴る蹴るの暴行を加え同巡査の写真機よりフイルムを抜取つてこれを感光し右公務の執行を妨害しその際同巡査に対し加療十日間位を要する傷害を与えたものである」というにあるが被告人等はいずれも弁解の機会を与えても黙秘している。

しかして目下共犯者並びに目撃参考人について鋭意捜査をしておるが被告人等の実行行為の一部だけを確定し得るにとどまつている状況である。今ここで被告人等を釈放すれば被告人等は共犯者並びに目撃参考人等と通謀し事の真相を究明する事が不可能となる。

特に本件の如き多数人による事犯についての重要な罪証は被告人等共犯者間における主従の関係、実行々為分担についての加功の程度等であつてこの点について或程度確定しておかなければ適正な刑罰権の発動を求める事は困難であると思料する。

より適正な刑罰権の発動を求めるためには被告人等を釈放せずに更に共犯者並びに目撃参考人について捜査をしなければならないのであつて左様な事情があるのに勾留取消の裁判をしたことは刑事訴訟法第一条の基本理念に反するものといはなければならない。

なお本件と同種事案若しくは単独の傷害事案について従来貴支部裁判所において、起訴されたからといつて勾留を取消した例はなし、その処置は刑事訴訟法の基本理念にそつた適切妥当な処置であつたものと思料される。ところが本件について右従来の例よりももつと勾留を継続しなければならない事犯であるのにこれが勾留取消の裁判をその侭維持する事は著しく具体的正義に反するものと断じなければならない。

以上の理由により被告人等について刑事訴訟法第六十条一項各号に該当する事由が存し且つ尚勾留継続の必要があると思料されるので速やかに原裁判を取消すと共にその裁判の執行停止を求めるため本申立に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例